事業紹介

会報紹介

広仁会のニュースや会員の近況など,最新情報を年2回お届けしております。
編集委員長 島谷 智彦

広仁会々報 91

平成28年12月発行
表紙タイトル:「ハリネズミカフェ」
作者:片山 志穂子(医学科1年)

先日、東京の六本木にある、猫カフェならぬ世界初のハリネズミカフェに友達と行ってきました。
こちらを見つめてきたり、うとうと眠りだしたりするかわいいハリネズミの姿を見て、写真を撮らずにはいられませんでした。

広仁会々報 90

平成28年7月発行
表紙タイトル:「興味津々」
作者:谷尾 甚吾(医学科4年)

先日、友人と共に厳島神社に参拝した時に遭遇した鹿の写真です。
お菓子を持つ友人とお菓子をもらおうとする鹿のせめぎ合いは1分ほど続きましたが、最終的には通りがかった地元の方に鹿を追い払って頂き、事無きを得ました。

広仁会々報 89

平成27年12月 発行
表紙タイトル:「紅葉」
作者:谷尾 甚吾(医学科3年)

大学1年の秋、大学で始めた写真の腕を磨くべく購入した新品のカメラで撮った、東広島キャンパスの紅葉の写真です。今見直してみますと写真撮影の技術の稚拙さが見受けられますが、念願だった医学部に入り期待に胸を膨らませていたあの頃を思い出させてくれる写真であり、紅葉が広仁会会員の皆様を繋ぐ広島という地を象徴する樹木であることから、今回の広仁会会報の表紙にこの写真を選ばせていただきました。

広仁会々報 88

平成27年7月 発行
表紙タイトル:「透明な時間の中で」
作者:黒木 ゆり(昭和56年卒)

夜の暗闇に少しずつ光が射し込んで来て、明るさが微妙に変化していく。その中で世界が非常に透き通って見える一瞬がある。この一瞬の澄み渡った時間をサンスクリット語でブラフマムフルタと言うそうです。この言葉の意味は「全体が息づいている時間」。この、何か始まりそうなすべての可能性を孕んだ時間、それでいて静寂な時間。瞑想で得られる無の境地に通じる気がします。私は、この透き通った時に魅力を感じ、この空気感を表したいと思い絵を描いています。絵の題名も「透明な時間の中で」としました。

広仁会々報 87

平成26年12月 発行
表紙タイトル:「生命の輝き」
作者:稲水 真理子(昭和51年卒)

きのこが胞子によって増えるということはかつて生物学で習っていましたが,かくも沢山の胞子を放出し続けるとは知りませんでした。次の世代へ繋ぐ生命の輝きに感動した作品です。
カメラ  キャノンEOS5D MarkII
レンズ  マクロレンズ 100mm
絞り優先 f2.8
ISO 感度 6400

広仁会々報 86

平成26年7月 発行
表紙タイトル:「潮騒」
作者:垰本 勝司(昭和42年卒)

この絵は私の勤務している大西脳神経外科病院院長が会長として、2013年にハワイ島で主催しました汎太平洋国際脳神経外科学会に、世話役の1人として参加した記念に書いた日本画です。会場となったコナのヒルトンワイレアホテルの広大な庭園に腰を下ろし、眼前に広がる太平洋の紺碧の海から寄せる白波と、岸辺の岩で打ち砕かれる躍動的な波しぶきに感動してスケッチして描きました。

広仁会々報 85 

平成25年12月 発行
表紙タイトル:「新診療棟」
作者:影山 正之(昭和52卒)

待望の広島大学病院新診療棟が竣工し、9月20日に開院しました。既存の入院棟に並列する地下1階、地上5階のすっきりとした建物です。新診療棟の基本コンセプトはGreen Hospitalであり、キャンパス入口にはFour Seasons Treeと名付けられた、もみの木をモチーフとした高さ7mの八角錘のオブジェが設置され、8つの壁には広島の四季が描かれています。この写真は、新本稔広仁会会長からご指名いただいて撮影した開院記念の一枚です。

広仁会々報 84  

平成25年7月 発行
表紙タイトル:「尾道水道の春」
作者:坂上 正樹(昭和45年卒)

「ゴォ~ン・・・」、ゴォ~ン・・・」、、、。定刻になると、あちらこちらから寺の鐘の音が聞こえてくる。
大正の終わり頃、志賀直哉(1883~1971)は尾道に住み、毎日この景色を眺めながら、小説「暗夜行路」を著した。(もっとも当時は2本の大橋は無く、街並みもかなり違っていた事ではあろうが。)千光寺山の中腹から尾道水道を見下ろすこの風景は、これまでに国内外を問わず数多くの画家や写真家、文人等によりさまざまな形で記録に残されている。この作品は、春久しぶりにスケッチに登り、描いたものである。

広仁会々報 83 

平成24年12月 発行
表紙タイトル:「オーロラの舞」
作者:稲水 惇(昭和46年卒)

夜空の1点から光が吹き出し、形、色を変えながら激しく動き、ついには空全体に広がったオーロラのブレイクアップ時の写真です。中国では、このブレイクアップを「天に舞い狂う姿である」との言い伝えがあるそうですが、まさに巨大な生き物が天中で躍動している感じでした。今まで経験した中で、最も感動的な自然現象を目の当たりにすることができ幸運でした。
撮影場所:Yellowknife(Canada)
カメラ:Nicon D3s、 レンズ:AFDX Fisheye-Nikkor10.5mm
ISO感度:ISO 2000、 絞り値:f/2.8、 露光時間:10.4秒

広仁会々報 82 

平成24年7月 発行
表紙タイトル:「少女」
作者:平野 隆茂(昭和31年卒)

私の孫(岡山朝日高校一年生)がクリスマス会でビンゴゲームを楽しんでいた時の油絵です。この孫も今は広大医学部の5年生です。

広仁会々報 81

平成26年12月 発行
表紙タイトル:「寒椿」
作者:影本 正之(昭和52年卒)

雪の朝,縮景園でのひとコマです。 彩 の少ないいろどり冬の庭で,椿の鮮やかな赤色がひときわ目を引きます。そして,広く深い緑色の葉も心を落ち着かせます。椿の葉は,写真に撮ると冬の陽の光で白く輝き,写真全体をしらけさせてしまうことが多くあります。表紙の写真は,葉の輝きをなんとか抑え,平凡ですが色彩のコントラストを楽しめる一枚と思っています。

広仁会々報 80 

平成26年7月 発行
表紙タイトル:「吉益東洞翁(木彫)」
作者:杉村 功(昭和35年卒)

翁は元禄15年(1702)広島城下山口町(現銀山町)の医家に生まれ,殆んど独学で漢方医学を修め,「親試実験」「萬病唯一毒」を提唱した。しかし広島では不遇,37歳時京都に出るも尚10余年苦難の後,山脇東洋の知遇と推挙で世に知られることとなる。晩年は多くの秀れた門人に囲まれ安永2年(1773)京で他界した。翁の顕彰碑は霞町医学部基礎研究棟の前庭に建立されている。

広仁会々報 79  

平成25年12月 発行
表紙タイトル:「祭りの子」
作者:堀 司郎(昭和48年卒)

山口県下松市花岡福徳稲荷社で,毎年11月3日稲穂祭りが開催されます。豊作を祝って,稲荷の神のおつかいのキツネの嫁入りが行われ,キツネの花婿と花嫁が人力車にのり,大勢のキツネのお供を連れて町を巡ります。そのとき油揚げを撒きますので,それを拾うのもご一興です。地元の大人,子供たちがキツネに変装し参加しますが,各自思いのままに化粧し楽しくユーモラスな行列となります。祭りの始まる前,子供たちが集まる広場でキリリとしたかわいい女の子を見つけ撮影しました。顔と面に白と赤に強調された色彩のなか,緊張感の漂う風情が醸し出されました。(2007年11月3日撮影)

広仁会々報 78 

平成25年7月 発行
表紙タイトル:「花器 寅」
作者:林 和也(昭和34年卒)

私の作品が,広仁会々報第78号の表紙に選ばれ,たいへん光榮です。鋳金を教わり始めて約20年,数年前より花器を廣島医家藝術展に出品させてもらっています。原型は蝋で造りこのくらいの寸法になると,鋳込は自宅では無理なので鋳物工場へ依頼します。できてきた鋳物は鑢などで表面を整え,鏨で文字などを彫り,着色します。今年は寅歳生まれの母が恙無いようにと念じて造りました。

広仁会々報 77 

平成24年12月 発行
表紙タイトル:「宮島水族館」
作者:木下 三枝子(昭和47年卒)

去年,リニューアルのため一時閉館となる宮島水族館へ,しばしのお別れにと出かけました。ど
の水槽からも,さようならの挨拶が……各地に預けられたみんなは,今頃どうしているでしょうか。

広仁会々報 76

平成24年7月 発行
表紙タイトル:「船溜り」
作者:江川 政昭(昭和47年卒)

絵を描き始めてほぼ25年になる。
今回,広仁会々報の表紙絵に掲載させて頂くことになったが,誠に有難いことである。また5年前からは,本誌のカットを原田 廉先生の後をお引き受けして描かせていただいている。これも大変感謝している。というのも,私は本来怠け者で,何か決められたものや期限がないと,あまり筆が進まないのである。この絵は,5年前,早朝の宇品港に係留されている鉄鋼船を描いたものである。荒波や潮風に打たれ,塗料は剥がれかけ,赤茶けた錆の浮き出た船体,そこに取り付けられたいくつもの古タイヤ。それは働き疲れ,年老いた人間の姿のようでもあるが,
しかし,その存在感,力強さを描きたかった。

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